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2010/06/22

記憶の果て

  1. オヤジは70の誕生日を迎えた三日後にホスピスで逝った。あの世でなにを考えているのかインタビューしたいこの頃だ。あの世でもニコニコ笑っていると思うが。背中の痛みからは開放されただろう。
  2. @SomiHongo 激貧の生活を思い起こすと、底をついた生活費の中での生活よりも、人との関係を築けなかった両親の行動様式から来るであろう、選択範囲ゼロというか読み取り感じ取ることゼロの情報欠如な日々だっと思います。
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子供の頃の激貧生活は堪えたんだと思う。
自分の心の中に消すに消せない記憶というか傷痕として刻印されている。
弟達は忘却のかなたという地獄の釜の最深部にしまい込み、一生涯アクセスすることのない記憶として処理しているのが、久々に会って当時のことを話してみて分った。
やつらは「そんなことあったけ?覚えてないなぁ」だ。

2010/06/21

石原さん勘弁して下さい!そして昨日は父の日

  1. RT@komichi2: RT@panta_rhei2004: ....一度でも「表現」というものの有効性を信じた事のある人…いや、「表現」に救われた事のある人、慰められた事のある人、全ての人に聞いて欲しい。この男が、何を言ったかを。 http://bit.ly/cPlchV
  2. komichi2さんのツイートをRTしました。石原東京都知事が「性描写漫画の作者は卑しい仕事」と18日の定例記者会見でぶち上げているという内容です。石原さんは有名な小説家であり作品もたくさん出版している、まさに表現の最前線の表現者なのになんでこんなことを言う。これは新種のギャグ?
  3. 今日は父の日らしい。あたしは父親やっているが何の感興もない。そして今日はstudio-bamiにてWSを開催。男の子ばかり集まり、蜂の巣を突いたような騒ぎになる。スリリングだ!
  4. あたしのオヤジは11年前に膵臓癌で逝った。背中が痛いというオヤジを連れて医者に行ったが問題ないと医者は言う。痛みは治まらずに日々は過ぎオヤジはやせ細っていく。当然のように医者をたらいまわしになるが、全く問題なしという診断だ。で、見つかった時には余命一月だ。くそったれだぜ、。
  5. 様々な状況、人との関わり等に対して想像力をフルに働かせて読み取ることを放棄している状態でしょうか。お金だけの問題ではないと思います。難しいです。 RT@moe_ama: 貧乏の定義って何だろ。
  6. オヤジは姉の家で結婚生活をスタートさせた。その家であたしは生れた。姉の家で無邪気にセックスをするオヤジの感覚について考える。その後近くの六畳一間の小屋に引越し、ほぼ年子で男の子が生まれる。若かったこともあるが、並外れた性欲の持ち主だったと思う。
  7. あたしの母親は死ぬまで絶対に口を割らないと思うが、あたし達を生んだ後、おそらく何回か中絶したのではないかと思っている。ニコニコと笑うだけで生活力ゼロのオヤジは家族を持ったことで激貧のどん底を歩くことになるがずっと笑っていたすごい人だ。あたしはオヤジのことを恨んでいるんだろう。
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2010/06/12

建物の記憶

建物の記憶はあいまいだと思う。

あるべきはずのところにある建物がある日なくなって更地になっている。
更地を見て驚いたぼくは記憶の糸をまさぐるが困ったことに何も思い出せない。。。。

あれぇ?としばし考えるも何も出てこない。
見ているようで何にも見ていないんだな。 ぼくの場合はこんな按配だ。

住処のそばにサティがある。 一時は親会社の経営がよくなかったらしいが、
今は大丈夫らしい。 でもこれはサティのお話じゃないんだ。

ある日、サティのそばを走る埼大通り沿いを通ると広い空地が広がっていた。
ここに何があったのかぼくの脳味噌はご多分にもれず思い出すことができない。
奥さんに聞いたらそこにはロイヤル・ホストがあったのよ、といわれて愕然とする。

住処の周りではファミレスの閉店&撤収&取壊しが結構進行しているような感じです。
デニーズは知らないうちにローカルなカレー屋になっているし、すかいらーくは同系列のイタリアファミレスに衣替えしたけれどお客さんはどうやら入っていないみたいだ。

そして不思議なことに住処の周りでは、インド・ネパール系のカレー屋が二件も新規開店しているのが不思議だ。

原住民たちが飛び抜けてカレー好きとはどうしても思えません。

そういえばデニーズはカレー屋さんになったし、カレー包囲網は原住民の知らないうちに進んでいるんじゃないだろうか?

カレーのことを考えはじめるとついつい深入りしてしまうこの頃だ。

PS
駅前のラオックスも閉店してしまった。
ラオックスはアキバでも閉店してしまったように思うが、何が起こったんだろう?
きっと倒産したんだろうね。

2010/05/17

夢、男から女へ女から男へ犯される?

  1. 女になった私が男に誘惑され最後まで、という夢は何回か見ました RT@suzukimikikosun: 男になった私が、セクシーな姉さんに誘惑され、IN!という夢をみた。起きてからしばらく、ないはずのものが存在している感覚があった。非常に考えさせられる、また絶望感も伴う夢だった。
  2. @watarloo@suzukimikikosun じつは三年に一回ぐらいの割合で見る夢です。嫌な感じはないです。絶望感はなかったです。覚醒しているときでも、自分の中の女の部分が出ているな、と感じるときがこの頃あります。細田君や誼さんがどうなのかは興味あります。
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2010/04/24

2010-04-23

  1. 響心会のブログを更新しました。 [コミュニティ]アウトサイダー・アート、エイブル・アートについて → http://am6.jp/9ybwRv
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2010/04/17

2010-04-16

  1. 響心会のブログを更新しました。 [ライブ情報]Crazy Catsのライブスケジュールです → http://am6.jp/d0OfqE
  2. 亡くなったんだ。ぼくもフアン。子供の頃テレビで観てました RT@mshrickw: 偉大なプロレスラー、荒法師ジン・キニスキーが亡くなった。馬場さんとの名勝負はプロレス史上に残る世界遺産。ジン・キニスキー→ダイナマイト・キッドという荒くれ者の系譜が好きなオレとしては寂しい限り。
  3. 以前、分譲型の団地で暮らしていました。住民の自治の意識が高く。理事会はすごく忙しかった RT@s_miyama: マンション管理組合 用語集 : 理事会とは http://e-sumigokochiblog.livedoor.biz/archives/51105321.html
  4. @inamodeeso 小石川図書館の音楽関係ライブラリーのすごさは噂に聞いています。ウチのほうではありえません。セラー、聴きたくてたまらん状態でしたら貸します。一気に6枚聴けちゃうところがすごい。コンプリート・オン・ザ・コーナーは未編集ですね。グチャグチャファンクを想像します。
  5. @butohart 「こち虎」は入ったことありません。線路沿いというか駅前ですね。旨いんでしたらこんど行ってみます。住処から本当に近い芸術劇場でバットシェバの公演があるのは把握していましたが、家庭の事情にて行けませんでした。残念です。
  6. RT@butohart: リバーダンス、ストンプ、シルク、魅力的で引き込まれる。ブラスト、ブロードウェイで見たときははまりました。しかしそれは芸、芸能。再現可能性があるぶんだけ芸術とは遠ざかる。芸術表現はオンリーワン、舞台なら一過性。いつでも見れるものでないから、足を運ぶ...
  7. あたりです。トヂマさんとは長い付き合いです。 RT@yasunoritani: トヂマダヰキさんのマイスペの動画の接着兄弟見てる。この左側って@yamashinzakiさんですよね? http://bit.ly/bCKNgq
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2009/12/13

ぼくのお家に遊びに来てね!



あの家はいったい何だったんだろう?と最近思う。いちおう一軒家なんだけれど、ニ階に上がる階段は、肝心かなめの天井部分がベニヤ板で見事に塞がれてい る、つまり二階に上がる、二階から一階に降りることが出来ない家。これは二世帯住居にして、家賃をまんま二倍にしようという大家の陰謀だ。天井を塞がれた 階段は、ただの純粋階段として、極めてコンセプチュアルな存在をしていたことになる。貧民窟の現代芸術。
労せずして出現したコンセプチュアル・アート。

ぼくたち家族五人はここの一階で生活していた。じつは二階でも暮らしていたんだけれど、一階で暮らしていた家族が、夜逃げ同然に出て行ったのを見計らい、風呂のないニ階から、風呂のある一階に引っ越した、というより移動したのだ。
純粋階段の存在だけでも死ぬほど笑える家だが、一階部分の面白さは、これだけではない。間取りは六畳、三畳、鰻の寝床のような台所、トタン張り の風呂場と物置きだ。これだけならば何の変哲もない、超のつく狭小住宅だが、問題なのは六畳間の真中に、なぜか柱が立っていることだ。そして畳から天井ま での高さが半端じゃなく低い。当時、小学校2年生だったぼくが手を大きく伸ばしてジャンプをすると、天井に手がついた。三畳間に至ってはジャンプをするこ となく、なんなく手がとどいたのだ。そしてどこを向いても圧迫感と閉塞感溢れる空間を切り裂くように鎮座している柱の存在は、なにか現実を突き抜けてし まったものを感じる。
夜、さぁ寝ようか、と家族全員の布団を敷きつめると、布団の間からにょっきりとそびえ立つ柱。寝返りをうつと必ずぶつかる柱。夏は兄弟三人しが みついて、ミーン、ミーンとセミの泣きマネをした柱。見ようによっては、映画“2001年宇宙の旅”の冒頭に出てくるモノリスのようにもとれるが、所詮は ドンブリ勘定でこの家を手掛けた大工の棟梁の悪意だけが伝わってくる、そんな家なのだ。便所(トイレとは呼べないシロモノだ)は汲み取り式。おそろしく小 さな便壷なので、親子五人がフルに大小便を排出すると、すぐに満杯になってしまった。困ったぼくたちは、母親を省く、男四人(内訳はオヤジ&男兄弟三人 だ)の小便は庭でする、というルールを決めた。おかげで便壷はパンクしなくなったが、小さな庭の草花は全て枯れ、庭から異様な臭気が漂ってくるまでに時間 はさしてかからなかった。隣に住んでいた大家は、当然のことながら激怒した。

「おい! なんの恨みがあってションベンまき散らすんだよ!犬だってもう少しましなションベンのしかたをしているのに、あんたらはなんなんだよ!」

「えぇっ! こんなひどい便所を作ったのはお前のせいだろ!」

と言いたいところだが、ぼくたちは平身低頭平謝り、そくざにオシッコ場をトタン張りの風呂場の外側を流れる排水溝に移動する。ぼくたちは面白が り、四人一列に並んでトタンめがけて放尿する。真冬の四人放尿は湯気が一気に立ち上がり、とても幻想的。真夏は言語道断なアンモニア臭さ、あきらめて沈黙 する大家……。トタンはどんどん腐りはじめ、しまいには穴が開いてしまった。トタンめがけて放尿しながら、ぼくは小学校時代をこの家の二階と一階で過ご す。当時は何も比べるものがなかったので、これがごく普通の生活だと思っていた。

小学校には毎日通っていたが、授業中、休み時間、給食、放課後という学校での生活は、終日気絶していた極めて自閉的な子供であった。群れの法則 に従い、毛色の変わったヤツは虐められたりするわけだが、コミュニケーションが成立しない宇宙人は虐めの対象にすらならない。お友達関係を求めるフェロモ ンが限りなくゼロなわけだからしかたがない。そんな生活の中で、ぼくはマンガとテレビに耽溺していった。

当時のマンガ業界は、月刊誌から週刊誌への移行期だったように思う。種類も圧倒的に少なく、今では信じられないことだが、ほんの少しの努力で、 売られているマンガの全てを読破することが出来た。母親はなんの躊躇もなく、マンガ本をぼくたちに買い与えた。閉塞感溢れる家の中で育ち盛りのガキに暴れ られるよりも、雁首突き合わせて、静かにマンガを読んでいてもらいたかったわけだ。もちろん欲しかったマンガの全ては買ってもらえなかった。それでもノド から手が出るほど欲しいぼくは、その度に禁断症状をおこし、六畳間の柱を力いっぱい蹴った。それでも気持ちが治まらないときは、近所のゴミ箱をあさり、そ れでもゲット出来ないときは黙って本屋の前に立ちつくし、お目当てのマンガを手に取りそのまま脇に抱え、黙って帰宅した。

目を皿のようにして耽読し、読み終えたマンガは必然的に弟の手に払い下げられた。お気に入りのマンガは、笛を吹けばどこでも現れる、ロケット変 身モノ?の「マグマ大使」、謎の注射をすると限りなく巨大化する「ビッグX」、エネルギー補充がなぜかタバコ状の物体、それを吸うことでなんとも恍惚の表 情を浮かべる「エイトマン」。そんなジャンキーなヒーロー達が大好きだった。
閉塞感と圧迫感溢れる六畳間には柱だけではなくテレビも鎮座していた。巨大な白黒テレビだったが、こいつは路上物件、拾いモノだ。場違いな大 きさのテレビがさらに息苦しさと暑苦しさを倍増させていたわけだ。そんな生活をしながら60年代は終わり、70年代がなんとなく始まった。