2010/06/10

学ぶ、ということを考えた

  1. 理解できます RT@3keys_takae: 学歴や肩書きって一つの尺度に過ぎないんだよな。否定してるのではなくその尺度を必要としてる時にしか意味をもたない。でもその影響力が今の社会において必要以上に大きいから学歴等をつけるとまるでそれ以上のところでも優れているかのような...
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学ぶ=学校と見立ててみると、ぼくは全く学ぶことが出来なかった。このことを書き出すと長くなるのでかいつまんで書いてみるが、お情けで入れてもらった一 年保育の幼稚園も、その後に続く義務教育もダメダメだった。お話にならないくらいダメダメだった。学校も授業も一生懸命好きになろうとしたんだけれど、学 校もお友達もぼくを受け入れてくれなかったというルサンチマンが今でもぼくの気持ちの奥底に横たわっている。


そんな孤立した小学校時代だったが、ぼくはつげ義春を耽読し、ゴミ捨て場に捨てられていたギターを拾ってきて、そのギターでつげ義春と同じくらい好きだったバッハの音楽を独学で探り弾くことを始める。


他人が認めるか認めないか分らないが、学ぶことに定石はないと今でも思っている。  




2010/06/08

二宮秀樹クンに会えたらいいな



 1966年7月4日から翌年1967年9月25日まで「マグマ大使」全52話が放送された。驚くべきことに「ウルトラマン」に先立つこと僅か13日、 ヒーロー作品としては日本初の完全カラー作品であった。有名なテーマ曲を作曲したのは、いまは亡き山本直純さんだ。さて、どんなお話かというと、地球の創 造主であるアースが、人類を守るためにロケット人間マグマ大使、モル、ガムを生み出し、マモル少年にマグマ大使を呼ぶ笛を託し、ゴアの魔の手から地球を守 るために、ともに戦う、というお話だ。マンガを読み疲れた後は、テレビのチャンネル(当時は巨大なダイヤル式だ)を寝るまで回し続けていた俺は、当然なが ら「マグマ大使」にはまった。ただし少し変わった“はまり方”をしてしまったようだ。

 俺は、ガム役で出演していた二宮秀樹クンに、尋常ではないはまり方をしてしまった。興味を持ったものには、とことん耽溺した俺だが、人間にだけ はどうしても興味が持てなかった、というよりも無関心であった。そんな俺が、画面の中の二宮秀樹クンの一挙一動から目が離せなくなってしまった。
「あたりきだい!」と明るい笑顔で、画面せましと走り回る二宮秀樹クン。
“可憐”という言葉を使うのがとっても恥ずかしい俺だけれど、可憐というのはなにも少女だけの専売特許ではない。二宮秀樹クンは、それはそれは可憐な少年だった。鈴のような声で
「しんちゃん、遊ぼう! なにグレてんだよ。困ったなぁ……。動けないんだったら、ボクの手につかまりなよ! さぁ出発しよっ!」
 なんて涼し気な目で、肩をポンッと叩きながら言われたら突っ伏して号泣してしまうだろう。毎週、お話そっちのけで二宮秀樹クンの姿を追う俺。俺は自分のチンコが勃起しているのにはじめて気がついた。たんなる配水管だと思っていたのに、
「なんなんだよ?これは……」
 と思いながらも、せつなくも息苦しい、なんともいえない感情を忘れることが出来ない。

 テレビで「マグマ大使」を鑑賞しているだけでは飽き足らない俺は、二人の弟を相手に、“マグマ大使ごっご”に興じるようになった。当然、マモル 少年が俺。どちらかの弟がガム。残った方の弟がゴアを含む全ての悪モンだ。二宮秀樹クンとは似ても似つかない弟を二宮秀樹クンだと思いながら、遊びに興じ ている時の感覚は、大事なものが音を立てて崩れていくような、なんともアンビバレンツな感覚ではあった。あまりにも弟が似てないので、二宮秀樹クンの顔を 描いた、酷いお面(画用紙です)を被せたこともあった。たかが子供のやったこと、遊びとはいえ、我を忘れ、感極まった俺は、弟を力まかせに抱き締めなが ら、
「さぁ! 地球を守ろう!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!! 兄ちゃんやめろよな!よせよ~!」
 というシーンを何度も懲りずにやってしまった。ここまでやれば立派な外道だろう。抱き締めるなんて行為が、なぜ出来たのか不思議だ。耽読していたマンガの影響であることは明白だが、心と身体がリンクしているわけではないので、なんともいえない気持ちに襲われた。
寂寥感というやつだ。

「マグマ大使」の放送が終了した。二宮秀樹クンにもう会えない……俺は深い絶望を味わった。弟達はホッとしただろう。見るに見かねたのかどうか分 からないが、オヤジが俺たちを映画に連れて行ってやろうか、と誘ってきた。本来なら楽しいお誘いだが、オヤジの誘いが何を意味するのか熟知している俺たち の気持ちは、ちょっと複雑だ。映画館の前で横一列に並んだ俺たちは、
「よおし!全速力で入口を突破するんだぞ、わかったな。落ち合う場所はいつもの自動販売機の前だ。それっ!」
 俺たちはたくさんの映画を見た。ただしお金は払ったことがないのだ。
「こらっ待て! おい、あんたの子供だろ? なんてことをするんだ!」
「なんだよ! 言いがかりつけんじゃないよ。あんな子供、知らねぇよ!」
 映画館の人間とオヤジのこんな罵り合いは、何度となく耳にした。段取りが巧くいったとしても、俺の気持ちはとても暗かった。暗い気持ちのまま見 た映画が「大魔神逆襲」(大映)だった。なんともいえない重厚な音楽が印象的な映画だった。作曲したのがつい先日亡くなった伊福部昭氏だと分かったのは、 かなり後のことだ。そして驚くべきことに、なんと二宮秀樹クンが出演しているではないか。慣れ親しんだガムのコスチュームではなく、全身時代劇調ではあっ たが、二宮秀樹クンに間違いはなかった。
あぁ、やっと会えた……。
 俺は放心したまま映画を見ていたが、わけもなく泣けてきた。怒られたり、虐められたりしなくても、泣くことがあるのをはじめて知った。

2010/06/04

音楽の仕事について

  1. 響心会のブログを更新しました。 [発達障害]些細な面倒くささに囲まれて → http://am6.jp/cwwyZU
  2. サウンド&レコーディングマガジン6月号を特集に引かれて買う。たまに立ち読みしたり買ったりしているが、取り上げられている人も書いてあることも広告もほとんど分らない。でも、ミュージシャンとして生き延びていくための2010年型ライブのやり方・稼ぎ方という特集は興味深い。理解出来るのか?
  3. 特集に登場するブンブンサテライツというバンドは全く知らない。でも自前のスタジオを持っていてすごいと思った。そしてストリングセクションの録音風景写真を見て驚く。まとめ役の人がいて、その人が中心になってセクション単位で仕事をしているんですね。セクションになって真価を発揮する弦楽器か。
  4. 自分達のライブをするために、ライブハウスをDIYで造った、世界の終わりというバンドに驚くが、ホームグラウンドを持つという発想は理解できる。ベルリンフィルはフィルハーモニーホール持っているしね。しかしライブハウスのチケット・ノルマ制度は不滅なんですね。
  5. まぁ咀嚼できたのはこのあたりまで。麻雀もパチスロもやらないぼくが間違って読んでしまった、麻雀マンガやパチスロマンガと分らない内容ということでは同列だ。死海文書みたいだ。
  6. @tokuhisawilliam 現代朗読協会という団体は何だろう?とぼくも注目しています。ピグノーズは中野からスペカラに向かう途中で見つけました。朝までフリーセッションやる企画があったりする不思議な小屋ですね。なんか面白そうなので現代朗読協会のイベント近いうちに参加してみます。
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2010/06/01

キリコを一気読みだ

  1. 響心会のブログを更新しました。 [コミュニティ]西垣籌一とみずのき寮のこと → http://am6.jp/bvivHQ
  2. 5/27のことだけれど、fujiehideyaさんのホームパーティーに招かれる。もてなしてもらい超感動する。ジンなどを飲りながらマンガの話をする。「キリコ読んだ?」とfujiehideyaさん。「読んでないよ」と答えると、「あげます。面白いよ」と全四巻をプレゼントしてもらった。
  3. fujiehideyaさんからプレゼントされた「キリコ」(木葉功一・講談社・全四巻)を一気に読んだ。どうやらなかなか有名な話みたい。絵は荒っぽいが実は繊細。サインペンで書いたコマは「幽遊白書」最終回間際のキれた冨樫義博の画風を感じる。書き込みまくっているんで画面がいじょうに黒い。
  4. ストーリーはすごくストレートで分りやすい。ぼくが好きなキャラはキリコのオヤジである榊俊雄だ。いきなり登場する殺し屋の朧崎もいい。で、このお話で一番悪いやつは主人公の遊佐朗だと思う。こいつは超のつくモテぶりだ。男にも女にも。こいつがバタバタ騒がなければ世の中まるく収まっていたのに。
  5. マンガはあまりにも多岐に及んでいて追っていくことは不可能です。『GANTZ』は立ち読みしているけれど、相変わらずジェノサイトな展開で、捕獲された人間達は食料にされるのは明白でしょう。どうせ食料にするんだったらもっと良い方法があると思うんだが。相手は超文明星人なのにね。
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エヴァン・パーカーの迷宮



「MONOCEROS」のside1は21分30秒におよぶソプラノ・サクソフォンのソロである。切れ目なしの循環呼吸(!)は圧巻。そして驚異的な重音奏法による音の一つ一つは何とも奇妙なポリフォニーの世界を構築する。不思議な音響作品。
ニワトリ小屋の中に、腹を空かしたネコを一匹投げ入れ、大暴れさせたらニワトリはどんな鳴声をあげるか想像してみてくれ。そんな音楽だ。

俺は当時このレコードを何の先入観もなしにゲットした。この挑戦的な目つきでサクソフォンを構える、パーカーの写真に痺れたからだ。
帰宅し、はやる気持ちを抑えながレコードに針を落としたら阿鼻叫喚のニワトリ小屋だ。あまりのすごさに大笑いしてしまった。1980年のことだ。

エヴァン・パーカーは1944年にイギリスのブリストルに生まれたテナー&ソプラノ・サクソフォン奏者だ。60年代半ばからデレク・ベイリー(ギ タリスト)らとともに、ジャズの影響下を離れ、当時の現代音楽(シュトックハウゼンやケージね)から多大な影響を受け、作品を発表し始めたことだと思う。

当時の俺は「こいつのライヴを観たい聴きたい!」と激しく思いを馳せながら、月刊誌だった「ぴあ」や「シティ・ロード」を隈なくチェックをしていたが、来日したなんて情報はついぞ載らなかった。
インターネットで調べるなんてもってのほか。モデム経由でホストコンピュータにアクセスするパソコン通信が産声を上げるのが数年後。パーソナルコンピュータなんて存在すらしていなかった。
アキバではワンボード・マイコンが出回りはじめ、先鋭的なオタク達が、この新しいマシンに注目しはじめた頃だ。

そんなある日、友人のコントラバス奏者であるMから電話があった。
「しんちゃん、面白い話があるんだけど」
「なんだよ、あらたまって」
「パーカー好きだよな」
「好きだけど、どっちのパーカーだい? チャーリーか、エヴァンかい?万年筆には興味はないよ」
「エヴァンに決まってるだろ。来週の日曜日に新宿でプライベートコンサートがあるんだけど行かない?」
「!!!!!!」

1982年のことだ。場所は歌舞伎町の「ナルシス」。今はあるのかな?
ウナギの寝床のような小さな空間に、立錐の余地もないほど客が入り、会場は酸欠寸前だ。そんな状況下で巨漢のパーカーはソプラノ・サクソフォンを吹きはじめた。
俺は目を皿のようにして、ことの成り行きを見守ったが、なぜかつまらなかったのだ……。彼の表情にもなぜか焦りのようなものがうかがえる。そしてパーカーとはその夜以来、完全に決別した。それから20数年、話はやっと文頭に戻る。

「MONOCEROS」のジャケット裏にはパーカー自身による解説がある。要約すると。
「私はこの録音を成功させるために、ふさわしい録音方法と録音場所を見つけるのに、2年間を費やした……」ということだ。俺はこの人の音楽を味わうには最悪の環境下で聴いたことになる。極めてデリケートな音楽だったわけだ。
「MONOCEROS」の音はとても痛い。あまり広くない、石造りの空間で吹いているのが良く分る録音だ。生演奏至上主義も分るけれど、こういっ たレヴェルの高い録音作品を聴くと、再生芸術の今後はどうなるのか考えてしまった。俺はSACDのマルチチャンネルフォーマットで、雰囲気を丸ごとパッ ケージしたエヴァン・パーカーのソロ作品をぜひ聴きたいと思っている。