2010/06/01

エヴァン・パーカーの迷宮



「MONOCEROS」のside1は21分30秒におよぶソプラノ・サクソフォンのソロである。切れ目なしの循環呼吸(!)は圧巻。そして驚異的な重音奏法による音の一つ一つは何とも奇妙なポリフォニーの世界を構築する。不思議な音響作品。
ニワトリ小屋の中に、腹を空かしたネコを一匹投げ入れ、大暴れさせたらニワトリはどんな鳴声をあげるか想像してみてくれ。そんな音楽だ。

俺は当時このレコードを何の先入観もなしにゲットした。この挑戦的な目つきでサクソフォンを構える、パーカーの写真に痺れたからだ。
帰宅し、はやる気持ちを抑えながレコードに針を落としたら阿鼻叫喚のニワトリ小屋だ。あまりのすごさに大笑いしてしまった。1980年のことだ。

エヴァン・パーカーは1944年にイギリスのブリストルに生まれたテナー&ソプラノ・サクソフォン奏者だ。60年代半ばからデレク・ベイリー(ギ タリスト)らとともに、ジャズの影響下を離れ、当時の現代音楽(シュトックハウゼンやケージね)から多大な影響を受け、作品を発表し始めたことだと思う。

当時の俺は「こいつのライヴを観たい聴きたい!」と激しく思いを馳せながら、月刊誌だった「ぴあ」や「シティ・ロード」を隈なくチェックをしていたが、来日したなんて情報はついぞ載らなかった。
インターネットで調べるなんてもってのほか。モデム経由でホストコンピュータにアクセスするパソコン通信が産声を上げるのが数年後。パーソナルコンピュータなんて存在すらしていなかった。
アキバではワンボード・マイコンが出回りはじめ、先鋭的なオタク達が、この新しいマシンに注目しはじめた頃だ。

そんなある日、友人のコントラバス奏者であるMから電話があった。
「しんちゃん、面白い話があるんだけど」
「なんだよ、あらたまって」
「パーカー好きだよな」
「好きだけど、どっちのパーカーだい? チャーリーか、エヴァンかい?万年筆には興味はないよ」
「エヴァンに決まってるだろ。来週の日曜日に新宿でプライベートコンサートがあるんだけど行かない?」
「!!!!!!」

1982年のことだ。場所は歌舞伎町の「ナルシス」。今はあるのかな?
ウナギの寝床のような小さな空間に、立錐の余地もないほど客が入り、会場は酸欠寸前だ。そんな状況下で巨漢のパーカーはソプラノ・サクソフォンを吹きはじめた。
俺は目を皿のようにして、ことの成り行きを見守ったが、なぜかつまらなかったのだ……。彼の表情にもなぜか焦りのようなものがうかがえる。そしてパーカーとはその夜以来、完全に決別した。それから20数年、話はやっと文頭に戻る。

「MONOCEROS」のジャケット裏にはパーカー自身による解説がある。要約すると。
「私はこの録音を成功させるために、ふさわしい録音方法と録音場所を見つけるのに、2年間を費やした……」ということだ。俺はこの人の音楽を味わうには最悪の環境下で聴いたことになる。極めてデリケートな音楽だったわけだ。
「MONOCEROS」の音はとても痛い。あまり広くない、石造りの空間で吹いているのが良く分る録音だ。生演奏至上主義も分るけれど、こういっ たレヴェルの高い録音作品を聴くと、再生芸術の今後はどうなるのか考えてしまった。俺はSACDのマルチチャンネルフォーマットで、雰囲気を丸ごとパッ ケージしたエヴァン・パーカーのソロ作品をぜひ聴きたいと思っている。

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